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さよならもいわずに [青春/自分探し]


さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

  • 作者: 上野 顕太郎
  • 出版社/メーカー: エンターブレイン
  • 発売日: 2010/07/24
  • メディア: コミック


その瞬間世界は 意味を無くした

このマンガのタイトルは、単行本の発売からちらほらとTwitterやブログなどでお見かけしていました。
でもなあ… もういかにも「悲しいです!」というネガティブパワーを感じさせるこの表紙。
涙の雫のような凹凸のあるカバーデザインからして、私を怯ませ、億劫がらせるには十分でした。
その後「このマンガがすごい!」で男子部門の3位として選ばれたのをきっかけに、
「きっとただ痛くて悲しいだけの作品じゃなくて、なんか心に残すものがあるんだろう」
と思い直し、拝見してみました。

「痛くて悲しいだけの作品でした」
だけど 「心に残る作品でした」
初めは さらりと一読して「まあこんなもんか」と思い、違う本のレビューをしようとしたのですが、
ナゼかこのマンガがしこりのように、私の心に残るのです。
違うマンガのレビューを書こうとするのに、
気付けば上野顕太郎さんの妻・キホさんの姿が浮かぶのです。
これはもう 描かなければなりますまい。
そして叶うなら、このレビューでこのマンガをご覧になる方が
お一人でも表れることを願っています。

月刊コミックビームにて連載。全1巻。
ギャグ漫画家として知られる上野顕太郎さん。
上野さんがその愛妻・キホさんを亡くしたのは2004年12月10日の深夜のことでした。

それは年も押し迫った年末進行の只中。
自宅の仕事場である2階から、ポットとマグカップを持って居間に降りてきた時、
上野さんはキホさんがうつ伏せに倒れているのを発見することになります。
『何か変だ…』
違和感を感じ、ひやっとする感覚。
それをブレたように描かれる上野さんの表情が物語ります。
咄嗟にキホさんの手首に指を当て脈を見るが、自分の高鳴る心音のせいで判らない。
でも『手の色がなにか変だ』と感じた上野さんは、座卓をどけて、
名前を叫びながらキホさんを仰向けにし、その胸に耳をあてる…
直後、驚愕のために身体が液化して、キホさんから吹き飛ばされるような描写。
恐る恐る閉じられた目を開かせると、それは何ものも映すことのない虚無の瞳…
懸命に心臓マッサージをして蘇生を試みる上野さん。しかし…
「そんなのないよ!!」
と思わず口を突いて出てしまった悲鳴が、荒々しいタッチで描かれた上野さんの表情が、
ぎゅうっとこちらの心をも萎縮させるのです。

救急車で搬送された先の病院で、結局キホさんは帰らぬ人となってしまいます。
以降は基本的に上野さんのモノローグと絵で殆どが進行し、キホさんの葬儀、
そしてその1年後までが描かれます。

何より圧巻なのはこれでもか!と描かれる緻密な背景とスクリーントーン。
上野さんの顔には幾重にもトーンが重ねられ、その砂地のようになった濃淡に
深い悲しみと懊悩が描き出されています。
文字も、多様される印象的な見開きも、ところどころフリーハンドで引かれた
ぐらぐらした枠線も、もうとにかく重さ、悲しさ、やるせなさ、後悔、やり場の無い怒り、
描いている上野さんの表情をすら容易く想起させる凄みを持っています。

必見は葬儀後の上野さんの様子です。
キホさんが亡くなって以降、事務的に、ただ執り行うべきことを淡々とこなしていた上野さん。
しかし儀式が終わり、親戚達も引き上げ、いつもの日常に戻った上野さんが、
いつもの散歩から帰った時、「おかえり」 といってくれる人を永遠に喪ってしまったことを
実感した時の喪失感。
世間は何一つ変わらない日常の風景なのに、いや、何一つ変わらないからこそ、
その喪失感は大きく、何かの拍子にキホさんが生きていたあの「今までの日常」が
フラッシュバックして上野さんを苛むのです。

img728.jpgimg729.jpg

単純化してしまえば、先に書いたとおり、このマンガはただひたすら
「辛い、苦しい、悲しい」 ということを、キホさんが生きていた頃の回想を
度々挟みながら描いた作品です。
しかし情報の密度があまりにも多く、続けて2,3回読み返して始めて
じわじわと理解できるようになっていくお話だと思います。
重い、苦しい、…けどその凄味に読まずにはいられなくなる。
そんなマンガでした。


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コメント 2

NO NAME

いまだにこわくて読めない。
そんな本がいくつかある
大切な人を失う怖さとその怖さを知ること。
知らなきゃいけないのだろうけど、
知りたくないと思うこと
まとまりません。
すみません
by NO NAME (2013-04-22 14:13) 

meriesan

あまりにもそれが当たり前すぎたがゆえに、突然訪れた喪失は以前の幸せな日常をより際立たせ、今の自分を苛むのでしょうね。
そしてそんな上野さんの体験を作品として読むことで、読者も自分の身の回りの当たり前の光景をより大切にしようと少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
NO NAMEさんがまだこの作品を読まれてないとしても影響は確かに受けている、すごく得難い作品ですよね。
by meriesan (2013-04-22 19:36) 

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